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第1104話

Author: 宮サトリ
「よく言うじゃない、美人はいつだって特別扱いされるって」

まさにその通りだ、と社員たちは思った。

博紀が彼女のことをあれほど褒めていた理由が、今なら痛いほどわかる。

この美貌、芸能界にしても、女優たちにまったく引けを取らないだろう。

しかも、隣に立つ瑛介は長身で端正な顔立ち。

二人並ぶ姿は、まるで絵画のようで、誰もが息をのんだ。

中には瑛介の顔を見て、何かに気づいた社員もいた。

「......あれ、もしかして宮崎さんじゃない?」

その小さな声がきっかけとなり、ざわめきが一気に広がる。

「宮崎さん?宮崎グループのあの社長のこと?」

「まさか、そんなはず......でも、あの顔......本物だよ!」

「宮崎グループのトップが、なんでこんな小さな会社に?」

「え、知らないの?うちの会社、宮崎グループの投資を受けてるじゃない?」

「でも、投資してるとはいえ、本人が来るなんてあり得る?」

一瞬、空気が止まった。

確かに、それはあまりに不自然だった。

大企業のトップが、こんな小規模な会社にわざわざ現れる理由は一体なんだ。

その答えは、一つしか思い浮かばない。

自然と、皆の視線が弥生へと集まった。

これほど美しい女性を前にして、男が惹かれないわけがない。

そんな先入観が、一瞬で職場中に広がっていく。

そして瑛介はそんな周囲の視線をあえて楽しむように、腕を伸ばし、弥生をその腕の中へと引き寄せた。

「みんな、僕と君たちの社長の関係が気になってるみたいだな」

突然腰を抱かれ、弥生は驚いて声を上げる暇もなかった。

彼の腕がしっかりと腰を捕らえ、頭が自然と彼の胸元に押し当てられた。

次の瞬間、瑛介の低い声が、彼女の頭上で響いた。

「そう、私たちは夫婦だ」

その一言で、オフィス中が爆発した。

「えっ、夫婦!?」

「嘘でしょ!?本当に!?」

「宮崎さんと......社長が!?」

誰もが信じられないという表情を浮かべた。

瑛介はそのまま弥生を抱いたまま、人々の間を抜けていった。

残された社員たちは、興奮気味に話し出した。

「つまり......うちの社長って、宮崎グループの社長夫人ってこと!?」

「ってことは、私たちが働いてる会社、実質的に宮崎グループの子会社じゃん!」

以前から、宮崎グループが出資しているということで応募が
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